『ニッポンの終焉 2001年への最後の選択』(1989 栗本慎一郎)で記憶に残っている論、それは一度栄えた文明は二度と栄えないということでした。インド、黄河、メソポタミア、エジプト……。ローマやスペインやイギリスやアメリカを含めても良いかもしれません。
栗本によれば、しかしメソポタミアのみマホメットが現れて中世に再び栄えました。その理由を彼は情報能力に求めていました。
個々人のレベルでの情報収集・処理能力。第二次世界大戦でのアメリカの優位の一因は国家の情報収集能力にあったのでしょう。個々人ではどうだったのか、日本人よりも優れていたのでしょうか。戦地での作戦変更が日本人は出来なかったと聞いたことがあります。臨機応変に対処できなかった。同じ作戦ばかりを失敗しても失敗しても繰り返していたと……。
アメリカの国としての情報力の低下はイラク戦争後の統治失敗で証明されたでしょう。個々人はどうか? 自衛隊員の方がアメリカ兵より評判良かったのでは。すでに核や圧倒的な軍事力では世界を制覇出来ないことも露見してしまったのでは……。
栗本の云う2001年はとうに過ぎ去り、ネットの時代になって情報戦はどうなっているのでしょうか。
秋田の国際教養大学のグレゴリー・クラーク副学長やNYタイムス(オオニシ記者の記事)や歴史問題でのChinaや韓国の捏造的な認識力や情報力を見るにつけ、彼らに未来はないと思います。意外にも島国ながら日本人は公平に世界の歴史や事象・情勢を見ることの出来る民族性を持っているんだなと感じながら……。
Chinaの農民のレベルが日本知識人を越え出したら、あるいはChinaが世界を征服できるかもしれませんが、今のところはとてもとても千年かかったとしても、???でしょう。
今日本人がすべきことは栗本の云うように、個々人のレベルでの情報戦に臨機応変に対応できるような情報収集力と処理能力、そして正確な判断力と柔軟な行動力を身に付けること。Web2の本当の意味とは実はそういうことなんでしょう。教育改革の本当の狙いも……。
日本人に覇権主義は似合いませんし、する必要もなく、独自の文化、経済力や技術力を高度に保ちつづけられれば十分だと思うんですが……それでも絶え間ぬ最高レベルの努力は必要で。
IZA!レベル なんて言葉が生まれるくらい、イザの個々人が情報においてトップレベルの標準になるような幕開けが期待される一年になるんでしょう。
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[追記]
今までは政府が国の未来・命運の多くを担ってきましたが、この時代になって、個々人のレベルが国の将来をより直接的に担うことになる、と栗本は云いたかったのでしょう。実際にそうなりつつあり、小泉前首相のポピュリズムを批判する人にはそこが見えなかった。ポピュリズムは個々人にも多くの責任を持たせる試金石だったのでは。Izaの試みもそういうことで、学ぶのは情報・知識以外にも個々人のあり方、方法、志なども含めて吸収してゆけるし、発現(発言)してもゆけ、Izaタイプが今後広がり、個々人のレベルがアップしてゆけば国も強固になり、展望も自ずから開けてゆくのでしょう。


by えび男爵皿だ
永久戦犯とデカルト